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【リスクを科学する】
安全装置は事故を減らさない⁉︎
危険性に対する人間の認識はズレだらけ⁉︎
防潮堤があったのに被害は同じ⁉︎
 

人間は合理的ではない

経済学では今まで
「人々は損得を秤にかけて最大の利益が得られる行動を選ぶ」という、
合理的人間像に基づいて理論が組み立てられてた。
  
このモデルになる合理的経済人をホモ・エコノミクスという。
  
でも近年、
”人間はそれほど合理的には行動しないこと”と
 
”リスク判断には主観的要素が大きく作用し、
 そこには心理学的な原理や法則があること”
がわかってきた。
 
これを経済学に組み込んだものを行動経済学という。
簡単に言うと
「人間ってそんな単純じゃねーべ」って事だね。
 
悲しいことに、人間はホモ・エコノミクスじゃなかった。
 
 
 

確実なものほど選ばれる

これは簡単に実感できる。
たとえば、
 
 ① 100%の確率で、8万円もらえる
 ② 85%の確率で、10万円もらえる
 
これは①の期待値が8万円なのに対して、
②の期待値は8.5万円。
だから経済合理的に考えれば②を選ぶのが合理的だ。
 
でも人は時に不合理な判断をする。
感情があるからだね。
 
たとえ期待値が少なくても確実な選択肢を好む傾向がある。
この傾向は「確実性効果」という。
  
 

損失回避は不確かでも積極的

じゃ次の場合はどうだろう?
 
 ③ 100%の確率で8万円失う
 ④ 85%の確率で10万円失うが、15%の確率で1円も失わない
 
今度は④を選ぶ人が増える。
これもさっきと同じで期待値は(マイナスだけど)④の方が大きい。
ということは③を選択する方がマイナスの期待値が小さい。
でも15%が判断を迷わせる。
 
”もしかしたら1円も損せずに済むかもしれねーぞ”って思うからだね。
これはギャンブル的認知バイアスという。
 
 
 

どんな分野でも重要になるリスク評価

確実性効果、ギャンブル的認知バイアス…。
 
僕はこれらのリスクに対する心理作用を
短期投資の視点から重要視しているけど、
大きな枠で考えれば
交通事故防止の技術開発、ルール整備から、
災害対策や疫病対策にまで様々な分野で応用できる。
 
 
どういうことかってーと
例えば政府の政策だ。
 
 ① 対策Aをとれば200人の命が助かる
 ② 対策Bをとれば3分の1の確率で600人の命が助かるが
   3分の2の確率で1人も助からない
  
政府はどちらの対策を取るべきか。
 
この選択肢を示されると、7割以上の人は①を支持する。
 
一方、もう1つの質問が
 
 ③ 対策Cをとると400人が確実に死ぬ
 ④ 対策Dをとると、1人も死者が出ない可能性が3分の1あるが、
   600人の死者が出る可能性が3分の2ある
 
 
今度は8割の人が④を支持する。
おいおいって感じだよね。
 
①〜④は統計的には全て同じ効果。
でも”命が助かる”に注目させる表現と
”死ぬ”に注目させる表現で回答が変わる。
 
 
人間がリスク判断をする際に
判断の基準を利益側に求めるのか、
それとも損失側に求めるのかが
意思決定に対して非常に大きな影響が出るということがわかる。
 
このようなことは
人間心理が行動判断にどれほどの影響を与えるのかを
如実に表すものだと思ってる。
 
 
リスクに触れる人間は
これらの心理的な働きを熟知しておく必要がある。
 
 
 

安全装置で事故率は変わるか

自動車業界では
「パッシブセーフティからアクティブセ ーフティへ 」
と言われて久しい。
 
パッシブセーフティとは
事故が起きた際の”被害の軽減”を目的としたもの。
シートベルト 、エアバッグ 、車体の剛性とかだ。
 
 
それに対してアクティブセーフティとは
事故を”未然に防ぐ”ためのもの。
車間距離制御、車線はみ出し警報、自動ブレーキとかだね。
 
でも果たしてこれらアクティブセーフティには、
実際に交通事故を減らす効果があるのか?
 
 
 

事故率は変わらない

実は事故率は全く変わらない。
事故を発生させる要因には
「外にあるリスク」「人間の行動」という2つの側面があるからだ。
 
 
 
安全装置が引き下げたリスクの分、
人間は行動を変化させ、同程度のリスクを犯してしまう。
 
つまり、
「人間側のリスクの許容範囲」が変わっていない
というのがポイントなんだ。
 
 
わかりやすい例が車の運転。
視界が悪く狭い道路なら、人は自然と徐行運転をする。
でも視界が良く広い道路だったら、人は無意識に速度を出してしまう。
 
結果として犯しているリスクの度合いは
ある程度の範囲内に収まる。
 
つまり新たな科学技術や本人の技量向上により生み出されたはずの安全マージンは、
本人の行動により食いつぶされてしまうってことだ。
 
 

いかなる設備・技術も事故率を変えない

これは普遍的人間心理なので
自動車運転に限った話じゃない。
同様の事象の例は、枚挙にいとまがない。
 
例えば低タールたばこがそうだ。
 
欠乏するニコチンを求めて深く頻繁に吸ってしまったら、
かえって多くの発癌物質を取り込むことになる。
一日に吸う本数が増えることもあるだろう。
そもそも禁煙しようとする人も減るはずだ。
だから社会全体で見たときも肺がん発症率は変わらない。
 
 
東日本大震災が起きた時、
岩手県宮古市の田老地区には高さ10m、総延長2.5kmの
世界的にも極めて珍しい巨大なX型防潮堤があった。
町は二重の防潮堤に守られていた。
 
注目したいのは人々の行動。
立派な防潮堤ができたために、かえって人々は避難をしなかった。
防潮堤の完成前後では、避難訓練に出席する人の割合が大きく変化した。
 
結果、津波は防潮堤を破壊して町を襲った。
防潮堤は津波被害を軽減しなかった。
 
 
スカイダイビングというスポーツは死亡事故が多い。
そのため、一定高度で自動的に開傘する安全装置が義務付けられた。
でも死者数は全く変わらなかった。
アクロバットなどの危険行動が増えたからだ。
 
安全装置が作動したにも関わらず
今まで誰もやらなかったアクロバットの結果、
パラシュートが絡まってしまう事故は依然として絶えない。
 
 
 
登山者へビーコンと呼ばれる位置情報発信機を持たせると、
危険エリアへの侵入が増えたという例は世界中で報告されてる。
 
 
 
ここまでの
低タールたばこ、防潮堤、
パラシュートの安全装置、登山者用ビーコンの話から何が言えるのか。
 
人間は、安全な科学技術を
”安全性向上”に使うのではなく、
”現状の安全性の維持”に使うということだ。
 
「多少無理をしても、今までと同じくらい安全」。
それが安全装置がもたらす人間心理だ。
 
 

リスク恒常性におけるリスク補償行動とは

低下したリスクを埋め合わせるように人間の行動が変化し、
元のリスク水準に戻してしまう。
それを「リスク補償行動」という。
 
細くて見通しの悪い道路から幅の広い直線道路に出たドライバーが
クルマの速度を上げたり、
雪道をノーマルタイヤでのろのろ走っていたクルマが
スノータイヤに履き替えたとたんにスピードを出したりする現象が典型だ。
 
認識できるリスクが減った場合も、
自分の技量が向上して危険を克服する能力が高まった場合も、
人はリスクが低下したことを認識する。
この認識が人の行動をリスキーな方向に変化させる。
 
 
このように
安全性向上の科学技術や安全装置が発明されても
リスクが減ったことを認識した人間はリスク補償行動をとり、
結果としてリスクの範囲は一定の水準で維持されてしまう。
 
これをリスクホメオスタシスと言う。
ホメオスタシスとは恒常性のことだ。
体温を36度前後で一定に保つ働きが人間にあるように、
リスクの範囲も一定の範囲を保つ不思議な心の働きがある。
 
 
リスクホメオスタシスを簡単に表現するなら
逆フィードバックだ。
元の値が低いなら高く、高いなら低くさせるように働くフィードバックだからだ。
 
エアコンのような感じだね。
室温が設定温度より高くなれば室温を下げるように働く。
逆に室温が低くなれば室温を高くするように働く。
結果として室温は設定された温度範囲前後に収まる。
 
  
 

なぜリスクは維持されるのか

リスクが維持されるのは
人が許容するリスクの範囲が変わらないからだ。
 
これがリスクホメオスタシスの本質だ。
 
なぜ許容範囲ギリギリのリスクを犯すかといえば、
リスクはベネフィットももたらすので
取ることにメリットがあるからだ。
 
スピードを上げれば気持ちいいし、目的地に早く着く。
 
 
フィードバック・ループの外側にある
知覚的技能、意思決定の技能、運転操縦の技能がどれだけ改善されても
事故率に影響を与えないということも、
リスクホメオスタシス理論の重要な主張だ。
 
ということは
人々のリスク目標水準が下がらない限り、事故率は決して低下しない。
言い換えると、事故率を下げるには
人々の「リスク目標水準を下げる」しかないということだ。
 
 

リスクの許容範囲を変化させるには

リスクの許容度を変化させるためには
次の4つの方法がある。
 
 ① リスク回避行動の利益を増やす
 ② リスク回避行動のコストを減らす
 ③ リスクをとる行動のコストを増やす
 ④ リスクをとる行動の利益を減らす
 
という4つの方法がある。
安全装置を開発・提供する側の人間であれば、
このリスクホメオスタシスは頭が痛い問題だ。
 
安全装置の提供を受けてそれを利用する側の人間であっても
この4点を意識することでリスクは減らせる。
 
 
現実的に考えるならば、
この4つの視点に着目して施策を打っていくことが望ましいだろう。
 
 

まとめ 安全装置は無駄か

安全装置を提供しても、作り出された安心のバッファは
使用者の行動変化によって食いつぶされてしまう。
 
じゃ全ての安全装置は無駄なのかというと、
もちろんそんなことはない。
 
 
要は内面的な問題だ。
安心・過信・油断から来るんだ。
 
この”リスク恒常性”はいかなるところでも働いている。
そしてこれを知らずにいることは
ものすごく危険なことだとぼくは思う。
 
 
無意識の行動は制御できない。
でも意識下に置くことができればそれは制御可能となる。
 
自分は安全装置を使用している意識がありながらも、
「行動を変化させない」こと。
 
それによって初めて安全装置の本来の効能を最大化できる。
つまり最大限の安心を享受できるということだ。
 
 
  
 〈参考〉
事故がなくならない理由(わけ)
ー安全対策の落とし穴ー (PHP新書)